レッスンテープ・レビュー

       『心をひらく体のレッスン入門編』

【その1】
    雑誌「テープ塾」1989年3月号 特集「ビジネスマンのカセットブック」より


存在に羽が生えそうな

ストレス追放レツスン

白然な感じ、急がない感じ、ゆだねる感じで
肉体という心の器を限りなく軽くする耳からのチケット
フェルデンクライス・メソードで
ペリエを飲んだカンガルーのように



「足の開き方にしろ、腕の置き方にしろ、こうしなくてはいけないという形はありません。ただ、自分で一番目然な感じがする場所を見つけてさい」

穏やかな語りかけでこのカセットは始まる。"フェルデンクライスの自己開発法"なんて大仰なサブタイトルに構える必要は少しもない。安井武氏(フェルデンクライス・メソーの日本の第一人者)の声に、ただ小さな子どものように身をゆだねさえすればいい。

「足の幅ですが、一度思い切って大」きく開いてみて下さい。どんな感じがするでしょうか。自然な感じはしませんね。それでは今度は、両足をピッタリと合わせて下さい。どうでしょう。これもやはり不自然ですね。では、この両極端の間のどこかに、自分の一番自然で楽な位置があるはずですね。その位置を自分で見つけて下さい」

テクニックを最重要視するエアロビクスやジャズダンス等との違いは明らかだ。エアロビクスが「目で見て学ぶ」ものであり、家庭内ではビデオを最高のメディアとするのなら、フェルデンクライス・メソードはまさに「聴いて、体験し、実感する」カセットによって伝えられるのが正しいのである。

小手先のテクニックに目を奪われることもない。想像力を働かせ、自分の内の声と対話するには、まことに相応しい形である。

「そっと動かさないと、違いはわかりません。少しずつ、ゆっくり、開いたり閉じたりして、ここが一番楽だという位置を見つけるわけです」

自然でしなやかな体の動き。豊かで明晰な思考。そして、ストレスのない穏やかな心。欧米でその真価が実証されたフェルデンクライス・メソードは、どこか「禅」の精神につながるものがある。ストレス過剰の現代、日常のふとした一時に体をひらき心をひらくことは、一念発起して滝に打たれたり山寺にこもって座禅を組むのと同様、ときにはそれ以上に、日常の質を確実に変えていくはずだ。

「このレッスンでは、急ぐことが一番いけまぜん。短い時間にたくさんのことをやろうとしないで、時間はたっぷりあるつもりで、決してあせらないようにして下さい。一つひとつを十分に味わいながらレッスンを続ける、これが非常に大事なことです。急いだりあせったりしますと、違いをつかむことができません」

時間はたっぷりあるつもりでせ??ってトコが泣かせるけれど、たちどころにメンタルな世界に入っていけるから、細切れの時間でも大丈夫。

このカセットに収録されているのはフェルデンクライス・メソードのなかでも最も基本的なレッスン。「入門編」と銘打っているだけあって、全くの初心者でも安心して取り組めるのだが、もちろん全くの受け身でいいというわけではない。あまりにも何気なく語られる安井氏の極息を聴きのがさないようにすることだ。

「力を決して使いすぎないことですね。エネルギーをできるだけ節約すること、そうしますと、感覚の微妙な違いに気づくことができます。

時間はたっぷりと賛沢に使って下さい。しかしエネルギーはできるだけ節約して使うこと。この原則はこれからやる全ての動きを行うときにも常に守るようにして下さい」

安井氏の穏やかな号令に合わせて体を解放し、その奥の心の存在を実感する一時は、新たなエネルギーを充電してくれることだろう。(三崎青磁)

その2

雑誌「テープ塾」カセットブック情報誌 1989年5月号
特集「初めて買う人のための名作カセットブック」より


新潮カセット

「心をひらく体のレッスン入門編」

「このレッスンでは急ぐことが一番いけません」
超・ゆとりへの心のトレーニング



常に時間に追われ続ける、このクソ忙しい現代社会-学校では受験勉強に追われ、会社では膨大な仕事量に尻を叩かれ、家庭では家事や育児に振り回される。朝から晩まで自動車の騒音や排気ガスや街の喧騒をBGMに、秒単位で走り回る都会の毎日。

この過度な緊張状態のなかで、なお我々は目まぐるしく変化する社会環境に適応しようと努力し、職場や家庭での人間関係に悩み続ける。

こうした現代日本のストレス社会において最も重要なテーマのひとつがいわゆる〃ゆとり"の問題である。人生をより豊かに過ごすためだけでなく、ビジネス上の創意工夫や行き詰まったときに必要な発想の転換など、心にゆとりがなければ何も生まれては来ない。日本人が実際は能力をもちながら、一般的に創造性に欠ける国民だといわれるのもそのためだ。

だからといって、単に休日が増え、レジャー施設が充実するだけで真のゆとりある社会が実現するかといえばそうでもない。我々個人が自分自身を内省する目をもつことが大切なのだ。自己の内部に蓄積された過去の情報に耳を傾け、この世界から受けた印象を心のなかで反芻(または外に発散)することによってストレスを解消し、自分自身を絶えず浄化することが必要だ。

と、まあ口でいうのは簡単だが、毎日強迫観念につつかれながら、次から次へと仕事をこなす我々にとって現実には「行うは難し」である。

最少エネルギーで最大効果を!

そこで、そんな現代人のために自己を再発見し、充実したゆとりある人生を送るための案内役を引き受けてくれるのが、本日ご紹介する「心をひらく体のレッスン・入門編」だ。

この自己開発法を創始したフェルデンクライスという人は1904年にポーランドで生まれたユダヤ人。パリのソルボンヌ大学では数学と物理学を学び、博士号まで取得している。さらに、かの講道館柔道を創立した嘉納治五郎から直接柔道の手ほどきを受け、ヨーロッパで初の柔道クラブ(後のフランス柔道連盟)を創設した御仁でもある。

彼は若い頃サッカーで膝に重傷を負い、「あらゆる医学的療法から見放された」ために独力で治療を試みた。ヨーガやフロイト、大脳生理学や解剖学など身体と精神に関するあらゆる研究を行い、ついに彼は治療に成功する。そのときの体験を元にして考案された方法論がこれである。

この方法が確立したのは1940年代だが、一般に注目を浴びだしたのは1970年代後半と比較的最近のようだ。現在では一般のストレス解消をはじめ、スポーツ、芸術、科学と様々な分野で広く活用され、心身症や脳障害のリハビリテーションにも応用されている。世界的に高名な演出家のピーター・ブルックや音楽家のルービンシュタインも彼のお弟子さんだとか。

このメソッドの効能としては、身体的な緊張をほぐし、より少ないエネルギーで効率的な動きを可能にするため、精神的にもゆとりが生じ、各人の内部に眠っている潜在能力を目覚めさせる。その結果、あらゆる面で能率が上がり、創造性も発揮できるようになる。と、テキストには謳われているが、実際はどうか、ここで体験談を述べよう。

潜在能力を引き出すメソッド

テープは、両面一貫して我が国におけるフェルデンクライス・メソッドの第一人者である安井武氏の、癖のない、自然な語りかけで終始している。

まずは、この口調の「自然さ」が実にいい。ヘンに雰囲気を盛り上げるための人為的配慮がないので、こちらも抵抗なく、すんなりと入っていけるわけだ。

さらに、「体のレッスン」といっても身体的に複雑な動きや無理な動きは全くない。安井氏の静かな語りに身を任せて、横になってゆっくりと頭と足を上下したり、座ったまま静かに転がったりと、子供でもできる単純な動作のくり返しだ。単純過ぎて少し驚くほどだが、問題はむしろ「意識」のもち方にある。例えば、レッスン中は常に体の左右のバランスを「意識」する。また、体の各局部に「意識」を集中することで局部をリラックスさせる。実際に体を動かす前に頭のなかで同じ動きをイメージ(意識)してより効果的に行うなど。

これはヨーガのリラックス法や禅の瞑想と原理的にはほぼ同じで、意識を集中することにより、さらに深く自己の内部に沈潜し、潜在能力を引き出す助けとなっている。「このレッスンでは、急ぐことが一番いけません。短い時間にたくさんの事をやろうとしないで、時間はたっぷりあるつもりで、決して焦らないようにしてください。ひとつひとつを味わいながらレッスンを続ける、これが非常に大事なことです」

「エネルギーはできるだけ節約して使うこと、そうすると、感覚の微妙な違いに気付くことができます」

この2点がレッスンを通じての最大のポイントだ。無理なく、自然に、ゆっくりと「意識」しながら動作を行う。それに従って、最初に体内で感じていた軋みやぎこちなさ、アンバランスな感じが不思議と消え去り、最後はきめ細かな潤滑油でも滲透したように全身が楽になった。

私はこのテープを3度試みたが、その都度身体全体により深い調和が訪れ、同時に心も落ち着いて集中力がつくようになった。これが書物だと、体を動かしながらいちいち読み返したり、確認しなければならないが、有難いことにテープなので少しあいた時間にでも気軽に行えるという利点がある。

これは、今まで面倒臭がり屋で極めつけの三日坊主だった私でも、ひょっとしたら続けることができるのではないか、という期待を抱かせてくれる逸品だ。(富樫弘典)

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