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日録 2007年
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2001年から続けてきましたこの日録もこのあたりで休息することにします。 10月29日(月)BLOG事始め 9月14日(金)安倍首相辞任の真相は? 9月11日(火)ミンフー研究所 8月27日(月)久しぶりの日録 5月21日(月)研1レッスン 今日はATMレッスンのあと、10場面ばかりを読む。過去に取り上げた場面がかなり多い。なるべく新鮮なものを取り上げたいので、もう少しねばってみよう。 5月20日(日)自主公演「愛の活断層」 タイトルは何か思わせぶりである。やりたいことをやっているというエネルギーは感じた。時間が足りなかったせいもあって、内容的には物足りない。確かに一種の達成感はあるだろうと思う。が、それだけに満足をせず、何が足りなかったかを考えて次に進んでほしい。ハードルを低くして、それをクリアしたからと言って自慢にはならない。 目標はあくまでも高く、しかし、一歩一歩を着実に! 5月14日(月)研1のレッスン 場面集の候補はだいぶ集まった。午前は体のレッスンに費やし、午後に頸の緊張に関するフリートークと頸に関連するFIを行う。その後、4場面を読む。来週中に決まるかどうか。 2-3年は自主公演の稽古で熱くなっている。 5月13日(日)フェルデンクライス日曜コース 肩と首の解放にテーマを絞る。ハヌカの燭台から始め、久しぶりにアレクサンダー・ヤナイのATM集から2種取り上げる。 5月10日(木)「リビエールの夏の祭り」 初日を観る。非常に丁寧な演出であった。映画「かくも長き不在」の日本版と言ってもいいが、台本が舞台劇としてはやや弱いと感じた。 5月8日(火)「三文オペラ」新国演劇研修所第1回試演 丸々2年間を基礎訓練に使い、満を持しての試演会。演目がブレヒト「三文オペラ」と聞いたときには、いきなり難物を取り上げたものだと思った。舞台は結構活気があったが、結果は予想通り荷が重すぎた。お世辞抜きに素直な感想を書いておく。 表現が余りにも感情過多で、心情的に傾きすぎている。そのため作品の理知的な構造が消えてしまい、限りなく単なるメロドラマに近づいてしまった。勿論この作品にメロドラマチックな要素はあるのだが、あくまでもそれは反語的に採用された手法なのだ。 それから、研修所の目指す演技の方向性が今ひとつ分からなかった。殆どみんな大声で一方的に怒鳴り散らし、互いに相手役が見えていない。これではひと頃はやったアングラ演技とどこがちがうのかと首を傾げたくなる。それと、演技のテンションが高いわりに歌の音程は低すぎるのではないか。楽な高さで歌っているのでソングの存在感(プレザンス)が希薄になってしまった。 何人かいい資質を感じさせるメンバーがいるので次の試演に期待する。 5月7日(月)場面集の準備 研究生1年のレッスン。8時過ぎに家を出て10時前にTMAに着く。連休の間に中間発表でやりたい場面を探してくるのが宿題だったが、期待していた以上の数が集まった。しかし、今まで取り上げた場面が多く、もう一押しする必要がある。午前中はATMを中心に、午後はみなが選んできた場面を検討する。 5月6日(日)京都ワークショップ No.34 風邪は何とか治まる。昨日の朝9時過ぎの「のぞみ」で京都へ。御室会館で1泊2日のフェルデンクライス・京都ワークショップ。ティーチャーズコース京都の日程と重なったので、参加者はいつもよりやや少なめ。しかしその分、密度の濃いレッスンができたようにも思う。昨日はまるで夏のような陽気、今日は昨夜から降り続く強い雨。庭石を叩く雨音に耳をすませながらのフェルデンクライスは、また趣きと風情があり、心身共に癒される。 5月2日(水)名医先生 昨日はもらってきた薬を昼・夜と指定通りに飲み、仕事もほどほどに軽くワインを飲み早めの就寝。横になってプロ野球中継を観ながらうつらうつら。途中で起きだして体温を測るとすでに平熱近くに下がっていた。咳や喉の具合もかなり改善。 今朝は喉の具合もよく、咳は殆どなくてほぼ平常に戻る。改めて行きつけの開業医の先生は名医だと痛感する。毎年1度か2度は風邪をこじらせるのだが、その都度診察を受けると必ず2〜3日で平癒する。 今日は朝から夕方までずっとデスクワーク。体調はよく仕事は捗る。夜になって中日・巨人戦を観る。金刃に勝ちがつかなかったのは残念だが、去年の中日と入れ替わったみたいな逆転勝ち。 5月1日(火)風邪をひく 気候不順のせいか先週から体調が思わしくなかった。金曜の夜から咳に悩まされる。土曜は多少持ち直して一進一退。日曜は咳と痰に悩まされ、寝たり起きたりで何とかやり過ごす。売薬の風邪薬では全く効果なし。月曜も休日なので、やむを得ず休日指定の医療センターへ出かける。4階建ての外来棟に6階建ての入院棟。バスも乗り入れられる広々した敷地にハイテク電子機器で整備された近代的医療機関を絵に描いたような病院。 休日のせいで来院患者は少なく外来棟は1階のみ営業。待たされること10分余り。休日なのに内科だけで三つの診察室。若い担当医のデスクには富士通のパソコンとサブディスプレイ。余計な書類は一切無し。診察が始まるが担当医はさかんにキーボードを操りながら何やら一新に入力している。私への質問もディスプレイを見つめたまま。そしてポップアップメニューから何かを選択して、また次の質問をする。10分余りの診察時間中、一度も目を合わせることなし。 そして血液検査とレントゲン撮影。約1時間待つ。レントゲン写真をサブディスプレイに表示して何やら説明があったが、その担当医に対する信頼感は限りなく低くなっていたので、黙って薬の処方だけ貰って退散。午前中に出かけて約2時間半を費やす。 この日は薬を飲んでずっと安静にし、ワインも飲まずに早めに就寝。夜中に何度も咳と痰に悩まされて目が覚める。行きつけの開業医が開くのを待ちかねて診察を受ける。聴診器と触診だけで気管支に細菌が少し入っているという診断。この間2分程度。前日の医療センターでの体験を話すと、最近の若い医者は殆どそんなもので、その原因は教え方が良くないからだとのこと。 そういえば、何年か前のこと、別の医院で整形外科の診察を受けたことがある。手首の軽い捻挫だったと思う。その時も担当の医師は、患者の体に一度も手を触れなかった。指を開閉したり手首を曲げ伸ばしするよう指示するだけだった。実に奇妙だったので「先生は患者の体には手を触れない主義ですか?」と質問した。先生はムッとして「触らなくても分かります!」 4月26日(木)京都ワークショップ 第34回目の京都ワークショップが迫ってきた。思いつくままにいくつかのテーマを書き出し、準備を始める。 過去のレッスン記録を見てみると、初期の頃のプログラムはかなりハードな内容になっている。欲張りすぎている。貴重な時間を割いて合宿レッスンに参加してくださる方々のために、それに見合うお返しをしなくてはと考え、できるだけ多くのレッスンを提供しなくてはと心がけた結果、そういうことになってしまった。 しかし「量よりも質」が大事なわけで、個々のレッスンの中でどこまで体験を深めることができるかが大切なことなのだ。言葉ではいつも言っていたが、その言葉を裏切っていたことも多々あったような気がする。 4月25日(水)会議は踊る 研究所の新年度レッスンも第3週目を迎える。毎年新人たちと向き合うこの4月は、自分の気持ちをリセットする絶好の機会でもある。できるだけ真っ白の気持ちでリスタートすることを自らに課す。そこから何が見えてくるか、それが楽しみ。 新年度ゆえ先週から会議の連続。幹事会、企画委員会、役員会、演出部会、劇団総会と続く。今日の総会で一段落とはなった。 4月19日(木)「この曖昧にして明瞭なるもの」 今年こそはかねてからの約束を果たさねばならない。モーシェ・フェルデンクライスの主著「この曖昧にして明瞭なるもの」(THE ILUSIVE OBVIOUS)の翻訳。デスクに向かうと常に目の前にテキストが目に入るように配置して自らにプレッシャーをかけている。多少の効果はあるが、気がついたらすでに4月も終わりかけている。 |