日録 2005年7月1日--12月31日

2002/6-12 2003/1-6 2003/7-12 2004/1-6 2004/7-12 2005/1-6

12月31日(土)
いよいよ今年もカウントダウン間近。大晦日というのはなぜにこうも気ぜわしくなるのだろう。片付け、掃除、買い物、等々。紅白の音声を片耳で聴きながら、せっせと体を動かしている。歌声というのは、微妙に時代の空気を映し出す。今年のそれは違和感ばかりが先に立つ。
除夜の鐘の音とともに、俳優座のサイトとフェルデンクライスのサイトを新年バージョンに更新する。その準備が終わったところだ。この辺で、この一年の労を自ら労って乾杯でもするか。
では、みなさま、よいお年を! 乾杯!


12月28日(水)稽古納め
月曜からの3日間で序幕から終幕までのラフスケッチを上げる。まだ大幅に修正を加えることもあるはずだが、とりあえず一通り見取り図が出来たことでほっとする。
稽古は5時に終わり、大掃除をして7時頃から8階で忘年会の予定だったが、その準備を待つ間、ひと足先に5階で始まっていた1年生の宴会に参加。引き上げたのは11時半近く。最終特急で帰路についた。


12月22日(木)
年の瀬も迫り気ぜわしい1週間だった。週明けからぐっと寒くなって用心はしていたのだが昨夜から何となく風邪気味。昨日の劇団総会のあと居酒屋に付き合って寒さに震えながら終電で帰宅して夜更かししたのがいけなかったか。今日は朝から頭痛と微熱に悩まされる。
「かもめ」の稽古は今週月曜から昨日まで3日間。まだ部分的なデッサンを描いている段階。あと来週の月曜から水曜までの3日間で今年の稽古は打ち上げ。
このところ毎日の往復の車内ではヘッドフォンをつけて音楽を聴きまくっている。過去5回のイメージが染みついていて、それから逃れるのに苦労している。今まではルービンシュタインのショパンで統一し、それがうまくはまっていた。それに代わるものが見つかることで、今までの舞台全体のイメージも変えられるはずだと期待しながら、様々の音にみみをすませている。


12月15日(木)
池袋・東京芸術劇場でRSCグレゴリー・ドーラン演出の「夏の夜の夢」を観る。RSC・夏の夜の夢とくれば、必ず30年前のピーター・ブルックの舞台と比較されるわけで、演出家としては相当のプレッシャーだと想像される。
ドーランの演出はブルックに対する意識が見え見えで、その意欲のほどは買えるが、さほどいい舞台だとは思わない。ピーター・ブルックに対抗して、シンプルに対する重層的、白に対する黒、等々。面白くは観たが、説明過剰で、かなり屈折した表現だった。


12月13日(火)
昼間文学座のアトリエで小里清作「アルバートを探せ」夜は下北沢で鐘下辰男作演出「ヒカルヒト」を観る。睡眠不足のまま出かける。W観劇は久しぶりで、しかもどちらも中身の重い舞台だったので相当に疲れた。
アトリエの舞台では小里氏の台本はずいぶん達者になったなと感じた。エネルギッシュな舞台であったが、演出・演技についてはもっと抑制感があったほうが良いように思った。
「ヒカルヒト」では30年ぶりに市原悦子さんの舞台姿を観られて嬉しかった。彼女もその一人だった俳優座退団グループの旗揚げ公演でお目にかかって以来になる。舞台は鐘下氏お得意の題材とテーマ。ドキュメンタリータッチのドラマ作りの枠内で、虚実が反転・再反転しめまぐるしく鋭角的に展開する。観ているほうが迷路に迷い込むほどにもてあそばれる。市原悦子と木場勝巳以外の周りの表現がやや単調すぎる気がした。


12月11日(日)
今年最後の日曜コース。12時すぎにTMAへつくと、すでに研究生2-3年が自主公演の稽古をはじめていた。8階の部屋は材木や衣類等が散乱して、まるで工事現場の様相を呈していた。ま、芝居の稽古場とはそうしたものだが。
13時から7階でレッスンを始める。年末にもかかわらず予想していたより参加者は多かった。前々回から引き続きChavaのレッスンを取り上げる。Ruthy Alonに比べて同じ女性ながらChavaのレッスン構造はより知的・論理的だ。Ruthyの場合はよりソフトでデリケートだ。どちらからも得るものは多い。終わって数名で恒例の牛角歓談。


12月6日(火)
亀有のカメリアホールで永井愛作「歌わせたい男たち」を観る。ベニサンピットでの上演を見逃してしまい、亀有のカメリアホールでやっとお目にかかることができた。描き方によっては単純なメッセージ芝居になりかねない題材を扱いながら、痛烈な娯楽劇になっている。


12月3日(土)
朝日カルチャーセンター今年最後のレッスン。10〜12月記の4回の講座ではFrank Wildman の "Easier Movement" を取り上げてまだ半分程度しか行かなかった。次の1〜3月期には少し視点を変えて同じテーマを取り上げることにする。


12月2日(金)
新国立劇場で「母・肝っ玉とその子供たち」を観る。10分前ぐらいに客席に入ると、舞台には戦争の廃墟とおぼしき雑多なオブジェがところ狭しと配置され空間を埋めつくしている。例の荷車をどうやって動かすのだろうかと要らぬ心配が頭をもたげる。自然主義的ブレヒトかといささか懸念してしまった。
そして開演を迎える。場面が進行するにつれ、音楽、配役、演技、ミザンセーヌなど、全てにわたって初め舞台装置に感じた違和感を拭いきれずに終始した。
ブレヒトのクールで知的な叙事詩が、ホッとな叙情詩に化していた。叙事詩と叙情詩、現在はどちらが有効だろうか?


11月30日(水)
何とか稽古は再終景まで辿りつく。今回は自分自身にもプレッシャーをかけるため、空間デザインも音楽音響プランも出来る限りリセットして立ち向かうことに決めた。とりあえず稽古は今日で一応しめて、再開は12月19日とする。20日近く中断することになる。この間には、研究生2・3年が17-18日に本番を迎える自主公演の準備がある。
稽古後は六本木へ戻って、今年最後の演出部会。割合活発な議論も出た。終わってHUBで11時近くまで飲みながらマジメに歓談。久しぶりに午前様となる。


11月29日(火)
稽古は各場面のポイントと人物の要点を摘出しながら何とか第2幕の幕切れまでたどりつく。エンジンの掛かり具合の遅いのもいたりして全体の波動はまだギクシャクしている。


11月28日(月)
予定していた稽古が中止になったので今日は外出せず、滞っていた研究会の事務処理に追われる一日だった。夕食後、昨年来日したマールイ劇場の「かもめ」のビデオを観る。当時一部の批評家から最高の賛辞を受けた舞台だというので期待したが、ごく平凡なリアリズム劇でしかなかった。役者はみなそれぞれに上手いし、演出もそつがないが、それだけといったところだ。


11月25日(金)
2時間ほどかけて昨日やり残した第4幕のテーブル稽古。残りの時間でもうひと組で読み。第3幕で時間切れとなる。作品全体の方向性だけは大まかに伝えることができたと思うが、どうだろうか。来週からはじっくりと時間をかけて、試行錯誤を楽しむことにしよう。


11月24日(木)配役発表
明け方までかかって何とかこれがベストという配役にたどりつく。眠い目をこすりながら電車に揺られて稽古場へ向かう。1時間あまりの車中は半分以上居眠り状態。来週から4名が本公演の稽古に参加するので、そのメンバーを中心に序幕からテーブル稽古。3幕までで時間切れ。終幕は明日に回す。


11月23日(水)
昨日とは役を代えて全体を2回ずつ読む。クリアしなければならない物理的条件がいくつかあるので配役には苦労している。今夜中には何とか最善の解決を見つけねばならない。寝るのが遅くなりそうだ。


11月22日(火)稽古再開
久しぶりに「かもめ」の稽古。初めて全員がそろう。先に「短い稽古期間」と書いたが、初日が3月下旬だから例年の稽古に比べれば期間は決して短くはない。ただ「かもめ」は研究生の発表会で過去4回とり上げている。今回は目標をより高いところに置き、多少とも新機軸を出したいと思っている。それに何人かが本公演に配役されているので、1月中旬までは稽古日数は間引くことになる。いろんな事情を考えて早めに開始したわけだ。今日はダブルキャストで各幕2回ずつ繰り返しながら全幕を読む。まだ配役は決めてないが、明日か明後日には決断しなければ・・・。


11月21日(月)
やっと時間を見つけて免許証の更新をすませた。明日からは稽古が再開するから気分的に余裕がなくなりそうなので思い切って出かけた。でも、それほど大げさなものではない。警察署の交通課でものの10分程度ですますことができた。夜はバスター・キートンのDVDを何編か観る。切れ味の良い乾いたセンスに改めて感心する。


11月17日(木)
来週からは徐々に忙しさが加速するので、今のうちに日頃忘れたつもりになっていたやるべきことを片付けておこうと手を付けだしたら、次から次へとやることが出てきて追いまくられている。じっくり稽古の準備にかかろうとするが、それすら思うに任せない。書類や本や、その他もろもろで、あっという間に部屋の中はゴミ屋敷のようになってしまう。


11月16日(水)
夏がなかなか去らないと思ってたら、いつの間にやら秋を飛び越して冬が来そうな気配の今日この頃である。今年は例年になく早めにインフルエンザの予防接種を受けた。毎年通知が来るが気がついたら期限が過ぎてることが多かった。年末といえば必ず風邪に悩まされてきたので、今年こそは元気で年を越したい。早めといえば年賀状も発売初日に郵便局で購入した。ついでにデザインも2種類ばかり用意した。こんなことは何年ぶりか。


11月14日(月)
今週から研究生2/3年の修了公演「かもめ」の稽古にかかるつもりだったが、事情あって来週からになってしまった。出鼻をくじかれた感がなきにしもあらず。
今回は喜劇としての側面をかなり意識的に拡大したいと考えているのだが、短い稽古期間でどこまでそれが実現できるか。喜劇は心情的なアプローチだけでは太刀打ちできない。喜劇は悲劇よりもはるかに難しいとはよく言われる言葉だ。研究生2/3年の日常訓練をもっと充実させるべきだと痛感する。経済問題にリンクする課題だから一朝一夕には実現できないだろうが、3年制の研究所は理想として持ち続け、絵に描いた餅にはしたくない。


11月13日(日)日曜コース
今月の日曜コース。前回から取り上げているChava Shelhav は第2部にまわし、前半はFrank Wildman を参考により基本的なレッスンを取り上げる。腰椎にトラブルを抱える参加者が一人、そのため慎重なアプローチを試みる。全身の伸筋と屈筋を調整してから首の緊張をほぐす。その上で Chava のレッスンに取りかかる。堅実な構成と綿密なコメントに改めて感心する。


11月12日(土)
このところ立て続けに、「新進演出家3連続公演」「演出部若手の発表会」「研究生おさらい会」などがあった。若者たちの意欲的な仕事ぶりはそれなりにすがすがしいものがある。何事にも失敗はつきものだから、あれこれ言われることにめげることなく先を目指して欲しい。それとともに、批判的な反応をどのように受け入れ消化することができるかが今後を決めることにもなる。肯定的な意見だけに耳を傾け、批判を消化できないものは、褒め殺しの犠牲者ということになるだろう。


11月5日(土)Frank WildmanとChava Shelhav
Feldenkrais Resourcesから最近刊行のめぼしいものを何冊か買い込んだ。カタログを見ると、フェルデンクライス関係の資料もずいぶん数が増えたものだ。10年ほど前までは、数えるほどしかなくて、全部注文しても大した額にはならなかったが、今は厳密に取捨選択しないととてつもない額になってしまう。そういう次第で手に入れた本のうち2冊ばかり面白いのがあった。Frank WildmanとChava Shelhavのものである。
今期の朝日カルチャーセンターでは、前者の内容を参考にしながらレッスンを行っている。本のタイトルはThe Busy Person's Guide to Easier Movementという。一つのレッスンが10分から20分以内という短いもので、通常40分以上かかるレッスンに慣れたものにとっては、やや物足りない感じが否めないとはいえ、短時間でそれなりの効果が認められるのであれば、その方が実用性が高いとも言える。床に寝転がって行うものだけでなく、椅子に座って・あるいは立ったまま行うレッスンが沢山取り上げられている。
「だれでもできる・どこでもできるフェルデンクライス」と名づけて1回2時間のコースで5レッスンほど行っている。自己流にアレンジしてやっているが、割合好評のようだ。


11月4日(金)
先月初め、いきなり「高齢者講習受講のお知らせ」というのが飛び込んできた。最近、70歳以上の運転免許証の更新に際してはこれを受講しなくてはならなくなったらしい。近くの自動車教習所で手数料6150円を支払って受ける。これは試験ではなく、成績で免許交付が左右されることはないという。3時間かかるらしい。これを受けたくない場合には、チャレンジ講習というのがある。こちらの手数料は2750円となっている。時間も短くてすむが、こちらは試験みたいなもので、合格しないと再度手数料を支払って受けなくてはならない。早速近くの教習所へ電話したら「うちではチャレンジ講習はやってない」という返事。「やってる教習所はどこだ?」と訊くと「自分で調べろ」と言われた。面倒くさくなって6千円余支払う覚悟をし2週間先の予約を入れた。それまでは空きがないという。その講習当日が今日だった。午前9時から正午過ぎまで。座学、適正検査、実技という内容。定員6名の一人として3時間。ゲームセンターにあるような、ディスプレイの前に座って、画面を見ながらハンドルとアクセル・ブレーキを操作する実技があった。これはちょっぴり頑張ってしまった。それから外へ出て実際のコースをジグザグに走って終了。受講証明書をもらって帰ってきた。


11月3日(木)レッスンテープのCD版
この夏、突然思い立ってフェルデンクライス研究会で出しているレッスンテープをCD化しようと思い立った。暇を見ては元の音源テープを1本1本デジタルに変換する作業と再編集作業をやって、何とか9月末には一通り完成し、第2集から第4集までと体験版、そして新潮カセットで出しもう絶版になっている「入門編」と、CD版のラインナップが整った。しかし、いずれも10年以上前に作ったものだから、編集のためじっくり聴き直してみると、何となく意欲が沸いてきて、新たにレッスンCDを出したくなった。それで8月以降のレッスンは毎回録音することにした。だいぶ記録が貯まってきたが、それらを検討した結果、10月の京都ワークショップのレッスンが、内容と全体の構成のまとまりがよく、2日間に集中して行った良さがあるので、これを第5集として出すことにした。予想以上に予約が入り、10月末に完成して今はそれの発送に追われている。


11月2月(水)研究所の修了公演
研究生1年のレッスン日。来週末で後期のレギュラーレッスンは終了し、いよいよ修了公演の稽古に全面的に移行する。演目は「ワーニャ伯父さん」で内田先生が担当する。ちなみに僕は2/3年生の修了公演を担当し、「かもめ」をやる。すでに先月末に2回読み合わせをやった。配役を決めるに先だって、まだいろいろとテストをしなければならない段階だ。夜は六本木で劇団総会。終わって飲んべえたちと2時間ばかり付き合う。そういえば昨日も幹事会でかなり遅くなった。


11月1日(火)
久しぶりの日録である。夏の研究生の発表会を終えてほっと一息ついたが、生活のリズムが変わったからなのか、少し体調を崩してしまった。9月には時々病院通いをする羽目にもなったが、それも大したことではなく間もなく常態に戻った。ただし中断したものを元のペースで再開するにはかなりエネルギーが要る。この際いっそのことブログでも立ち上げようかと考えたが、実行するだけの気合いがまだ足りない。今月からとりあえず今までの日録のままで細々とリスタートする。


9月7日(水)
台風一過、蒸し暑さが戻る。我が家の室内温度は朝晩とも29度を指したまま殆ど変化しない。温度計が壊れているのでもなさそうだ。コンマ以下の数値は若干変化しているようだから。
午前中、研究生のレッスンで泉岳寺へ。ATMと詩の朗読。午後は六本木へ。新人募集の試験日が決まったので、例年より1ヶ月以上遅れて募集要項の打ち合わせをする。このところ雑用に時間をとられてばかりいる。肝心の仕事の打ち合わせが延び延びになっている。


9月4日(日)
久しぶりに研究会と劇団俳優座のサイトのメンテをかなり大がかりに行う。小さなメンテは殆ど連日のようにやっているが、手間のかかることは時間に余裕がないと手がつけられない。できれば大々的に全面的リメイクをしたいのだが、その余裕がない。そのため入り組んだ迷路のようで、それがどんどん複雑になってきた。そろそろ大掃除をする必要がある。


9月3日(土)
9月に入ってもまだ蒸し暑さは変わらない。エアコンを弱く入れたまま寝ていても、目が覚める頃には汗だくになっている。レッスンCDが殊の外好評で今週の注文分を発送する。
朝日カルチャーセンターの声のレッスン最終日。出かける前に一通りレッスン内容のシミュレーション。いつも中身を欲張りすぎて結局は全部できないで終わることになりがち。少なくとも頭部共鳴までたどり着いて、共鳴の階段までは行けるようにするつもりで出かける。時間を間違えて1時間早く家を出てしまった。住友ビルの1階アートコーヒーで1時間半以上を過ごす。レッスンはほぼ予定通り進行できた。


8月31日(水)
この1週間あまり、暑さのせいか少し体調をくずしてしまったが、何とか大過なくこの夏を過ごせそうだ。今日は研究生1年後期の最初のレッスン日。午前中は体のレッスン、午後は詩の朗読。これから11月初旬まで、約10回のレッスンではテーマを絞って各自の課題に即して、集中して進めることにしようと思う。


8月21日(日)
研究会の日曜コース。腰椎周辺の伸筋群と腹部屈筋部の調整をテーマに4種のレッスンを行う。最後には、殆ど力を使わずに仰臥から起きあがることができるようになった。終了後、しばし牛角歓談を楽しむ。


8月20日(土)
朝日カルチャーセンターの「声のレッスン」第4回目。階段を一つ上がって共鳴の問題を取り上げる。前半で首と胸を解放するためのATMを行い、その中で呼吸と声の関連をつかむ。後半は、胸と口腔の共鳴を深めるための各種レッスンを取り上げる。予定していた頭部の共鳴までは行かなかった。次回はそれを含めて声のレンジとパワーをテーマにする。


8月18日(木)
夕方までかけて、とりあえず、部屋の整理は一段落。見回すと、さほど変わり映えしないが、仕方ない。これからは使ったものはその場で片づける習性をつけることだ。


8月17日(水)
昨日に引き続き、部屋の整理にかかる。整理の要点は、よく言われる通り、とにかく不要なものを選り分け捨て去ることから始まる。やり出すと、とことんやらねば気が済まなくなる。昼前から深夜まで、汗だくになって働く。でもまだ半分行ったかどうかという状態。せめて7割程度までは行きたいものだ。明日も続くことになる。


8月16日(火)
午前中にソニー損保に電話してバッテリー交換を依頼する。やはり購入時のままのバッテリーだった。走行距離はまだ3万数千キロだが、通常バッテリー寿命は24ヶ月または4万キロらしい。まだ4万キロ以内だとはいえ、14年間も持ったのはどうしたわけだろう。
デスク周りを眺めると、到底仕事に集中できるような状態ではない。整理整頓は元来苦手で、使用したものを片づけないでどんどん次の仕事に必要なものを積み上げてしまう癖があるが、書物だけではなく、ビデオテープやらCD、新聞・雑誌の山からパソコンソフトとマニュアルなど、全く無秩序に積み上がっている。気分を変えて、至急にやるべきことに手をつけなくてはと思うが、この惨状を目の当たりにすると、なかなかその気になれない。というわけで、今日は一日中仕事部屋のリセットに追われてしまった。でもまだ、右のものを左へ動かした程度で、あまり変わり映えはしない。


8月15日(月)
やっと暇になったはずだが、溜まっている仕事がごまんとある。朝からずっと机にかじり付いていた。夜8時過ぎ、涼しくなったので買い物に出かけようとしたが、車のバッテリーが干上がってうんともすんとも言わなくなっていた。そういえば、1週間ほど前に動かして以来だが、その時、何とか起動したが、バッテリーがヤバイという予感はあった。十数年前に買ってから、バッテリーを交換した覚えがない。メンテはもっぱらディーラー任せだった。バッテリーの寿命がどのくらいなのか知らないが、考えてみれば十年も持つわけがない。


8月14日(日)千秋楽・打ち上げ
楽日、そしてバラシと打ち上げ。後ろを振り返らずに夢中でここまでやってきたというところ。過去の「スケッチブック」と比べても、今回の出来はかなりいい線まで行ったと思う。やや地味な場面ばかり並べることになったが、それが一つの作品としての統一感を与えることとなった。研究生たちも、最初はどうなることかと随分気を揉んだが、苛ついたり、声を荒げて叱りつけたり、なだめたりすかしたりしているうちに、次第に成長してきた。最後にはいずれも甲乙つけがたいできばえになった。いつものことながら「教えること」の裏側に「教わること」が確実にあった。可能性は誰の中にも宿っていることを改めて再確認する。


8月13日(土)二日目
二日目のジンクスというか、やはり微妙に食い違うものがある。演じている本人には分からないし、観客にも気づかれないことかも知れないが、鮮度(生き物としての舞台になくてはならない鮮度)が落ちる。常に鮮度を保つには、一つ一つの行動に新鮮な気持ちで立ち向かうしかない。マチネに比べ夜の部は少し盛り返した。明日はもう楽日となる。


8月12日(金)初日
午後2時から最後のGP。毎日、少しずつだが、確実に上昇している。夜の初日本番は、緊張して硬かったし所々狂いもあったが、概ねいい出来だったと思う。


8月11日(木)
いよいよ初日前日。今回の場面は、岸田国士にはじまり、清水邦夫・別役実を経て丸尾聡まで、全6場面の構成となった。殆どが内省的な場面ばかりとなった。若い連中にとっては、若さのエネルギーを発散する契機がなさ過ぎたかもしれない。


8月10日(水)
1時から照明入りで通し稽古2回。1回目はかなりもたつきが見られたが、2回目は若干浮力がついてきた。あくまでも若干ではあるが・・・。今回選んだ6場面は難しいものばかりになったと思う。若さのエネルギーだけでは到底太刀打ちできないものばかりだ。とにかく上手くやろうとしないで、素直に懸命にアプローチする姿勢が肝要なのだが、稽古では技術的なことを要求しすぎたきらいがなくもない。今週からはできるだけそれは捨てて、伸び伸びと表現してくれることを願って細かいことは言わないようにしている。明日からは少し観客も入る。いよいよ最後の勝負どころとなった。


8月9日(火)
今日から照明が入る。1時から場面順に、明かりと音楽の関係を決めながら一通り。だいぶ舞台の気分は引き締まってきた。
今回のラインナップは、全体にやや短調に傾いている。意図したものではないが、いつの間にかそうなってしまった。もう一つ二つにぎやかで陽気な場面があってもよかったかなとも思うが、時代の気分の反映なのかも知れない。


8月8日(月)
1時から通し稽古。5時から照明仕込み。夜は会議もあって、それが終わって稽古場へ戻ると、ほぼ照明の仕込みは終わっていた。


8月7日(日)
朝起きてマックの電源を入れると、カーネルパニックを起こして起動しない。昨夜寝る前まで元気に動いていたのにこれはどうしたことか? 出かける前にひと仕事しようと早起きしたのに、8時前から2時間、可能な限りの手段を講じてみたが徒労に終わる。ウィルスにやられたかとも疑ったがそういった症状ではなさそう。諦めて稽古に出かける。
帰宅して裏側にまわって接続関係をチェックしてみた。すると何と、あのナーバスなSCSIコネクタが半分外れかけているではないか。そこに最近全く使わなくなったMOとCD/RWがぶら下がっているのをすっかり忘れていた。お粗末な話である。SCSIを取り外すと全く何事もなかったように快調に動き出した。
稽古は1時から照明プランの鈴木さんを迎えて通し稽古。昨日の自主稽古の結果を期待していたのだが、部分的に後戻りしている。これが一歩後退・二歩前進となればいいいが。


8月6日(土)朝日カルチャーセンター「声のレッスン」
明日日曜に稽古を行うことになったので、今日は稽古休み。でも、自主稽古をやったらしい。
朝日の「声のレッスン」は3回目。声の通路をテーマに、口腔、喉、舌、顎、胸部、下腹部の関係を具体的に取り上げる。あと2回で共鳴の深化と強化を取り上げる予定。


8月5日(金)
1時から1回目、余り返さないで最後までやる。最小限のダメだしで終わり、夕方から完全に通してみる。問題のある場もあるが、全体としては何とか最終コーナーを回ったと言っていいかな。


8月4日(木)
1時から小返ししながら全体をやる。相当に時間をかけたが、もうここまで来たら各自の自発性に任せるほうがよい。見当違いの脱線をするのはいただけないが、冒険心はもっとほしい。夕方から2回目、通してみる。少し浮力がついてきたかな。


8月3日(水)メイク指導
午後1時から遠藤剛さんと檜よしえさんによるメイキャップ指導。4時から一通り全幕をやる。まだ全体にやや勢いが足りない。安全運転すぎる。


8月2日(火)稽古
六本木へ入って二日目。劇団の先輩・遠藤さんを迎えて標準アクセントの指導を中心に、演技についての感想・意見を聞きながら一通り最後までやる。


8月1日(月)六本木へ
先週はTMAでの稽古のラストスパートと研究生2/3年の発表会で大忙しだった。
研2-3年の「海抜3200メートル」は4回とも全部観てしまった。若者たちが着実に成長していく姿を見ているのは嬉しいものだ。次の年度末の修了公演を担当することになるかもしれないので、頭の中にあるいくつかの出し物の配役を考えながら観ていたのだが、楽しみと不安が交錯して落ち着かなかった。昨日の終演後の打ち上げは11時までつきあう。帰宅は午前1時近かった。
今日は午前9時から、1年生の舞台仕込み。午後2時から新しい空間で一通りやってみる。今までぼんやりとしか見えていなかった欠陥と長所がもろにはっきりと見える。まだまだ課題山積というわけだ。いよいよ最後の勝負どころにさしかかったわけだ。


7月26日(火)
台風接近の報を聞いて稽古を早めに切り上げて帰宅する。しかし、案じたほどではなく、進路も外房にそれて交通機関への影響は殆どなかった。
明日からは2/3年生の「海抜3200メートル」のGPが始まり、週末はいよいよ本番だ。


7月25日(月)
いよいよ泉岳寺(TMA)での稽古、最後の一週間。土曜は研2-3年の発表会で稽古はできないから、正味5日間。今日は各場2回ずつ全場面をやる。一番の難所にさしかかったわけだ。ここをどう乗り切るか・・・。
大地震に続いて、明日は大型台風らしい。


7月23日(土)
各場を早回しとノーマルを繰り返しながら、最後までやる。まだこの稽古の効果が現れるには時期が早すぎたかもしれないが、無駄な力が抜けてスピード感が生まれた組もあった。稽古後、決起会と名づけた飲み会をやる。その準備をしている最中に割合大きな地震があったが、さほど重大だとは思わず、8時半頃にTMAを出て帰路につく。
泉岳寺の駅におりて初めて交通機関の麻痺状態に気づく。泉岳寺から押上まで駅毎に延々と停車する。押上で青砥行きを待つ。これも長時間の各駅停車。また乗り換えて快速でようやく勝田台まで。1時間余のコースが4時間近くかかったことになる。あの程度の地震でこれでは、本当の大地震が来たときのことが思いやられる。震度があと1つ大きければ、都市機能は完全に失われるかと思うとぞっとする。

7月19日(火)
昨日は祭日だが稽古は行う。この二日間で第1部・第2部をひと通り。場面によって課題が異なるが、この時期の最大の課題は一言でいえば「自己解放」につきる。自分を縛りつけているものからいかに自由になるかだが、それには何が自分の自由を殺しているのかに気づくことが肝要だ。
そのためには、自分を信じることだ。自分の中に潜んでいる可能性を信じていないと、常に不安につきまとわれ、既成の価値にすがりつくことになる。それが結局は自分を縛り付ける鎧になってしまう。失敗をおそれず、不安を楽しめるようになること。レールの上ばかり走ろうとせず、脱線することで何かを見つけることのほうが大切だ。


7月16日(土)声のレッスン
朝日カルチャーセンターでの「声のレッスン」はこの数年間、毎年夏の恒例となった。受講者は初回よりも増えて、レッスン場はほぼ満席。声の土台作りを少し前進させる。次回からは共鳴の課題にとりかかる予定。


7月15日(金)
今日の稽古は衣裳の石川さんを迎えて1時から全体を通してみた。初日一ヶ月前にしては、まずまずと言うべきか。これからは各人の自発性がどんどん生まれることを期待する。それを触発できるように稽古方法を少し軌道修正する。


7月14日(木)
今日は早回し稽古を入れて第2部を各場3回ずつやる。音楽は来週にずれこみそうだ。芝居の流れがまだ出来てないので、音楽のイメージがなかなか浮かんでこない。こういう時は焦らないほうがいいだろう。芝居がもう少し煮詰まってきてからでも遅くない。
朝日カルチャーセンターの声のレッスン第2回が迫ってきた。今日・明日はそれの準備にも集中しなくてはならない。


7月11日(月)
稽古は音楽の選曲に手間取っている。ドビュッシーのピアノ曲を中心に選び出し配置してみたが、これはどうも合わないことが判明。またイチからやり直しだ。今週の往復の車中ではまだヘッドフォンを手放せない。


7月10日(日)日曜コース
昨日も劇団総会があったから、この2週間休みなしの強行軍。さすがにくたびれたが、こういう時のフェルデンクライスってのは砂漠のオアシスだ。今日のレッスンの参加者は飛び入りもあって盛況。テーマは「胸郭の解放」において、昨日からレッスンプランを練っていた。泉岳寺への車中でも、ああでもないこうでもないと、イメージをもてあそんで頭の中でレッスンを反芻しながらだった。でも、いざレッスンを始めると、当初のプランはどこへやら、勝手に馬が走り出してしまった、という感じて、馬なりに手綱をとっていた。しかし、ガチガチに計算しつくしたプランでやるよりは、現場で無言の対話を交わしながらやるほうが、実りは豊かだと思った。終わって恒例の牛角歓談でしばし疲れをいやす。


7月8日(金)
今週の稽古も今日で打ち上げ。第1部と第2部をとりあえず通してみた。まだまだやるべきことは山積している。本番まであと4週間余り。音楽の選曲にかかる。


7月5日(火)
研究生の稽古も第4週に入り、ようやく水面下で若干潮流の変化が感じられるようになってきた。みんなが少しずつだが脱皮に向けて心が動き出したというべきか。頂上は雲に隠れてまだ見えないが、方向だけは見当がついてきた。


7月2日(土)朝日カルチャーセンター「声のレッスン」
今月から7月期の講座が始まる。テーマは「声」。フェルデンクライス・メソッドによる声へのアプローチは、やはり声の身体感覚を育てることに尽きる。動きと声をつなぐ接点に呼吸が位置する。その先に言葉とイメージの世界が広がる。今は言語表現にまでつながる方法論を模索中だ。今回の講座で少しでも前進すればいいのだが・・・。















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