日 録 2004年1月〜6月

<2001年8-12月 <2002年1-5月 <2002年6-12月


6月30日(水)
蒸し暑い日が続く。寝室のエアコンがいかれたらしい。もう20年以上経つから寿命といえば言えるが、間が悪いたらない。汗びっしょりで夜中に目がさめてしまう。
稽古は月・火の二日で一通り立つ。今日から第2クールに入る。


6月25日(金)
10時から研1の稽古。各場面を一通り。来週から立ち稽古にかかる。
夜はLABO公演「蒼ざめた馬」を観る。初演とはだいぶ印象が違う。とりあえずは緊張感のある舞台に仕上がってはいた。だが、初演のみずみずしさはない。演技・演出ともに。
この舞台を観ながら、考えることは多かった。ディスクールが命の作品にとって、飛び交う言葉の構造が明瞭に構築されないかぎり、作品世界は立ち上がってこない。役者の生理的エネルギーと心情的真実感だけでは演劇的リアリティが成立しないことを改めて確認した。


6月22日(火)
研究生発表会の場面集は何とかラインナップが決まる。全部で10場面となる。明日は休みだが、明後日から各場の稽古に取りかかる。今年はどんな色に仕上がるか。
稽古後、六本木へ出る。劇団へ寄ってから沙絵羅で小里清氏と会う。壮大なテーマと構想をもった新作「リヴァイアサン」初稿について意見を交換する。


6月20日(日)『タルチュフ』千秋楽
連日札止めのうちに千秋楽を迎える。モリエールが今の日本でどう受け取られるか、かなり不安を抱えたまま初日を迎えたが、回を重ねるごとに客席の温度はどんどん上がっていった。それに煽られて舞台の方も日ごと弾みがついた。短い上演期間はあっという間だった。終演後、和歌山の有馬さんと仙台の熊谷さんらと土風炉でしばし歓談。モリエールの今日性について、話題が盛り上がる。
6時半から10時まで劇場1階のHUBで打ち上げ。若者たちと二次会で再び土風炉へ。一足先に終演ぎりぎりで引き上げる。


6月18(金)
昨日と同じく、7時起き8時に家を出て、朝10時からTMAで研究生の稽古。睡眠時間4時間弱ではかなりこたえる。やや早めに稽古を上げ、六本木へ出て「タルチュフ」を観る。舞台は昨日よりもまた一段と躍動していた。終演後、斎藤憐・佐藤信両氏と来年度の企画について打ち合わせる。二人とも、「タルチュフ」は俳優座でしかやれない舞台だ、という評価。終電ぎりぎりまで話し込む。


6月17日(木)
朝10時から夕方まで研究生の稽古。7時起きでかなり疲労感があったが、4日ぶりに「タルチュフ」の舞台を観る。新鮮だった。初日を開けてから本番を重ねるにつれ、観客から教わるものがかなり沢山あったようだ。舞台が大いにはずむようになっている。回を重ねるごとによくなっている。この種の喜劇は、観客の呼吸をいかにつかむかが勝負だ。初日からしばらくは手探り状態なのはやむを得ない。初日の良さは勿論あるが、リピーターとして次第に熟成してゆくプロセスを楽しむのも芝居見物の醍醐味ではないだろうか。
終演後、山田太一さんと歓談。あとから中野誠也も加わって話が盛り上がる。


6月14日(月)
研究生1年中間発表の稽古にかかる。今日は初日でみなが準備してきたシーンを読む。時間切れでいくつか次回にまわすことになる。戯曲をできるだけたくさん読むことを第1の課題にしたわけだが、努力の跡の見えるものもいれば、あまり見えないものもいる。集まったものを選別してどう構成するか、大いに悩むところだ。


6月13日(日)
初日が開いてやっと舞台も落ち着いてきたので、今日は劇場へは出かけずに、明日からの研究生公演の稽古準備に忙殺される。また例年の場面集をやる。研究生たちが自分でやりたいものを探してきた場面がどっさり。一通り目を通すだけで丸一日かかってしまった。
「タルチュフ」はおおむね好評のようだ。この舞台に拒絶反応を示す人がもっといるかと予想していたが、意外にそういうのは少ないようだ。


6月9日(水)初日
過去の名舞台を再演するとなると、受けるプレッシャーたるや並大抵ではない。主役の中野誠也はその最たるものだろうが、他の出演者たちだってそれに劣るものではない。演出者としても、今に生きる新機軸を打ち出さねばやるだけの意味も資格もないわけだ。しかし、いいスタッフ・キャストに恵まれて、何とか責任の一端は果たせたと思う。


6月8日(火)初日前日
1時半から舞台で初めての通し稽古。2-3カ所、直しで止まったが、ほぼ問題なく最後まで通る。各パートのダメだし若干。夜は6時からGP。特に問題なし。
今回は何といっても島さんの舞台装置が出色。演出意図を十二分に汲んで余りある出来映えだと思う。非常にシンプルで透明な様式性をそなえた舞台空間だ。役者は一人一人がくっきり見られるので、気が抜けない。怖い舞台だ。明日の昼間に最後のGP、そして夜、初日の幕を開ける。


6月6日(日)
1時から稽古場での最後の通し稽古。ダメだしをして4時過ぎには終わる。あと1週間あればという気がするが、これもいつものことだ。劇場へ入ってからも、できるだけのことをするしかない。
HUBでビール一杯で喉をうるおしてから、小雨のなか久しぶりに早めの帰路につく。今日から梅雨入りだという。道理で昼間から蒸し暑かった。


6月5日(土)
衣裳をつけて通し稽古。早いもので、稽古場での稽古はあと明日のみ。中盤を過ぎてからは、いつものことだがあっという間にゴールがやってくる。
夜は朝日カルチャーセンターのレッスン。


6月2日(水)
稽古前に衣裳パレード。90%は決まり。若干の直し。抜き稽古のあと通す。
いくつか重い場面がある。早まわし気味の稽古が必要だ。


6月1日(火)
昨日と同じく抜きのあと通し稽古。まだ全体の流れはぎこちない。
夜は6時から劇団総会。昨日よりは早く、9時過ぎに終わる。


5月31日(月)
稽古場での稽古は今週で終わる。いくつかの場を抜き稽古してから全体を通す。
夜は6時半から幹事会。延々10時過ぎまで。疲れ果てHUBで小一時間、ビールなどを飲んでから帰路につく。


5月27日(木)
若手たちの要望で、稽古前に、フェルデンクライスのレッスンを行う。
音楽プランは何とか固まってきた。わずか数曲を選ぶだけだが、これが結構時間と労力を要した。単なるブリッジではなく、芝居の流れに効果的なアクセントを付けるものであるべき。


5月25日(火)
メイン・スタッフを迎えて初めての通し稽古。出来は思ったよりもよいように感じた。あと2週間か。未解決の問題点もいくつかあるからのんびりはしてられない。


5月23日(日)
今月の日曜コース講習会を1時から5時半まで、泉岳寺のTMAで。今回は初めての人の参加が多く、基本的なレッスンをかなり丁寧に展開する。帰宅して昨日の選曲作業の続き。


5月22日(土)
今日は稽古休みで、自宅で朝からCDを聴きまくる。バッハ、テレマン、クープランなど。使えそうな曲を片っ端からMDに落とす。30枚ほどのCDから50曲余りを選んだ。最終的には8曲に絞り込むことになるが、まだ決定打に当たらない感じがする。もう少し探さねばならない。


5月21日(金)
1時から6時まで稽古。1幕から終幕まで。4幕の終わりから終幕にかけてはまだ修正しなくてはならない点が多い。今のままでは当初の意図が実現されていない。オルゴンはもっと変化すべきだし、エルミールとオルゴンの関係は今のままではよくない。タルチュフの表現も一段と深める必要がある。オルゴン家の人びとの内部矛盾も掘り下げる必要がある。


5月18日(火)
第3幕から終幕まで行ってから第1幕へ戻る。最後になった第1幕は集中力の欠けた稽古になってしまった。モリエール劇は、気分任せでも何とかなるリアリズム芝居とはちがって、研ぎ澄まされた感性と集中力が要求される。


5月17日(月)
第1幕から何とか第4幕まで。稽古後、演出部会。10時過ぎまで亜州菜館で歓談。この亜州菜館が今月末で閉店だとか。寝耳に水で、実に残念。気楽に集える場がなくなる。


5月15日(土)
この1週間の稽古で、だいぶ土台は固まってきた。各幕の問題点もはっきりしてきたので、来週はそれらの解決が課題となる。喜劇は力点の置き方、バランスとメリハリが命となる。演技には微妙なセルフ・コントロールが求められる。若さの勢いに任せた熱演では全体をぶちこわしてしまう。内面の燃焼度と外面の造形美との張りつめた均衡を作り出さねばならない。
稽古後、新宿へ。朝日カルチャーセンターのレッスン。


5月9日(日)
7時半の朝食で眠い目をこすりながら食堂へ。休みなしの強行軍で疲れが溜まっているのか、頭の中がほやけている。食後30分余り部屋の畳の上でウォーミングアップをかねて、レッスンで取り上げる動きのさわりの部分を自分でやってみる。多少は血の巡りがよくなったようだ。午前・午後とも3時間余のレッスン。今回はできるだけソフトなレッスンを中心に丁寧に展開する。いつになく好評だった気がする。
4時半に終わり、タクシーで北大路まで出て地下鉄で京都駅へ。5時半過ぎののぞみに乗る。自販機のボタンの押し間違えか、喫煙車の切符だった。がら空きだったので、さほど被害はなし。車中は殆ど眠りっぱなし。


5月8日(土)
6時半起きで9時の「のぞみ」で京都へ。仁和寺の御室会館で毎年春秋恒例のフェルデンクライス・ワークショップ。一泊二日のレッスンで、今日は午後1時から。今回は40名を超す盛況。夕方5時で今日のレッスンは終わり、宿泊者は食後一部屋に集まって懇談会。飲み物持ち寄って10侍まで。参加者たちの率直な意見や感想を聞くと、面白いし刺激を受ける。明日のプランを練っているうちに1時近くになる。


5月7日(金)
立ち稽古は第5幕と第1幕。やっと最後まで立って全体のデッサンが浮かび上がった。曖昧な部分や見当違いの場面もあるが、とりあえず全体を見渡せる地点にはきた。むろん、まだ出発点には違いないが、課題がはっきりしてきた。


5月6日(木)
昨日、第3幕と第4幕。今日は第2幕から第4幕まで。密度の高い場面の連続。とりあえずラフスケッチ程度のデザインの段階だが、それでも面白い。実によく書けている。上手いなと思う。第5幕は明日だ。大団円のプランがうまくはまるかどうか。


5月4日(火)
昨日はキャストが揃わないので急遽稽古休みにして、今日が立ち稽古初日となる。第2幕までのラフスケッチ。少しぎこちない立ち上がりだが、まずは予定通りの進行。島さんの装置によって、思った以上に想像力が刺激される。稽古が楽しい。シンプルな舞台なので、少し様式化した動きでないとリアリティが出ない。まるで能舞台のように。


5月2日(日)
今日と明日は稽古を休む。それでのんびりできるかというと、そうもいかない。いろいろと雑事も多く、予定していたパンフレット原稿に手をつけるのは夜になってしまった。とりあえず仕上げたが、気に入らない箇所がまだいくつかある。遅れているDMの挨拶状も書く。


5月1日(土)
稽古は読み合わせの最終日。来週から立ち稽古に移行する。ずいぶん長い読み稽古だった。稽古後は恒例の朝日カルチャーセンター。「ねじる動き」を取り上げる。


4月30日(金)
稽古後、島さんとの打合せ。構造も色も固まる。これで行けると確信できる。かなり刺激的。この空間を最大限活かせるようにしたい。


4月28日(水)
「足摺岬」をシアターΧで観る。稽古場での本番を観れなかったは残念な気がする。


4月26日(月)
稽古は「きょうの雨・・・」の旅組4名が加わり、ようやく全員がそろった。
稽古後、池上本門寺境内の「黒テント版・三文オペラ」を観る。歌と演技は全くいただけなかったが、歌詞を含む台本と演出、それに音楽監督になかなか見るべきところがあった。


4月25日(日)
昨日までの1週間、「タルチュフ」の稽古と水曜日の研究生のレッスンで休みなし。今日は4月の日曜コース。第1部では参加者の半数がフェルデンクライス初体験。ルーシー・アーロンの基本レッスンを土台に展開する。第2部はサンラファエル・プロフェッショナル・コースのノートから肩甲骨への気づきをテーマにしたレッスンを取り上げる。


4月20日(火)
稽古後、島さんと美術の打合せ。ミニアチュアのセットを見た途端、スタッフ一同「おおっ!」と思わず固唾をのんだ。見慣れた俳優座劇場の中に突如異次元空間が現れたような感嘆の声が上がった。未完の段階ではあるが、極めて刺激的な舞台空間になること間違いない。
最近つくづく思うこと:
イラク人質事件をめぐる政府の対応、その言動は公僕の何たるかを全くわきまえていない傲慢不遜なものである。公僕とはCivil Servant、つまり市民の召使いなのである。今の日本政府の感覚は、江戸時代のお上の感覚とさして変わらない。さらに、その尻馬に乗って、自己責任なる言葉をまるで錦の御旗のように振りかざして、弱いものいじめ(バッシング)の嗜虐に酔っているものたちの醜態を見ると、人間とはここまで下劣になれるものかとあきれるほかはない。自己責任を放棄している大物たちは、その辺にごろごろいるではないか。本当に怒りを向けるべきは彼らのほうへではないのか。


4月18日(日)
「タルチュフ」の演出メモを旅先の出演者たち宛てにファクスで送る。覚え書きを箇条書きにしたものにすぎないが、アウトラインは理解できると思う。旅組は来週から全員参加する。


4月17日(土)
朝日カルチャーセンターのレッスン。足と骨盤の動きをテーマにレッスン2種。


4月15日(木)
稽古後、RSCの「オセロ」を観る。オセロとデズデモーナに魅力が感じられなかった。イヤゴーにも存在感がない。これがロンドンではそれほど評判の舞台なのだろうか? 分からない。


4月14日(水)
新研究生1年のレッスン日。午前10時から午後4時まで。5時から「三文オペラ」の歌稽古初日。ルーシーのオーディションも。終了後、後藤さんを囲んで打合せ兼歓談。


4月9日(金)
「タルチュフ」稽古を始める。全員はソそろわないので抜き稽古になる。


4月7日(水)
新研究生のレッスンが今秋からスタート。水曜の演技実習を担当するので、久しぶりに7時起きで8時過ぎの京成に乗る。10時20分前には泉岳寺に着くはずが、曳舟のあたりで火事騒ぎがあったらしく、青砥を出たとたんに電車が停まってしまった。30分ほどして動き出したが、1駅毎に何分かずつ停車するので、泉岳寺の稽古場には1時間以上おくれて入ることになった。
まだ一人一人の特徴を把握するまでにはいたらないが、午後に恒例の「他者紹介」をやって多少は見えてきたものがある。これから1年でどう変わるか、楽しみだ。


4月4日(日)
中谷一郎氏のお通夜。6時から碑文谷会館。長い看病のすえ最後を看取った喪主美苗さんのやつれ果てた姿が痛々しかった。夜になってひときわ強く降りしきる雨が冷たかった。


4月3日(土)
今月から朝日カルチャーセンターの本年度第2期が始まる。今日はその初日。夕方早めに出かけて新宿へ向かう。住友ビルの1階のコーヒーショップで小一時間、レッスンプランを練る。これから3ヶ月のテーマは「しなやかな体・美しい動き」となる。


4月2日(金)
ようやく研究所新学期のスタート、そして「タルチュフ」の稽古と「三文オペラ」の音楽稽古の態勢も整って気がゆるんだのか、今日は昼過ぎまで12時間以上爆睡。


4月1日(木)
今日は午前11時から新研究生1年の入学式。一同稽古場に会し、劇団代表以下講師陣出席のうえ、合格証書の授与に始まり、新入生の自己紹介と各自の決意表明、講師陣からの祝辞と訓話、そして集合写真を撮って終わる。ここまで約1時間。
夕方6時から劇団総会で新入生だけでなく、各期の新昇格メンバーの紹介がある。それまで時間ができたので、まだ見たことのない、そしていま話題の六本木ヒルズへ時間つぶしにでかける。ハリウッドプラザの前で、同じく夕方までの時間をつぶしている新入生たちに出会い、しばし雑談をする。
夜の総会は、10時までかかった。議論がないよりはあるほうがいいが、こちらは疲れ果てていたから、いい加減にしろよといいたいぐらいの気分になった。しかし、今回の幹事会選挙で何人か若手が入り、多少ではあるが若返ったこともあり、少しは活性化するのではないかと期待はする。帰る前に下のHUBでビールとワインで気分を直してから終電に乗る。雨が振り出した。
午前中に中谷一郎氏の訃報が入る。かなり悪いとは聞いていたが、また一人劇団の先輩が去ってしまい、寂しさがつのる。劇団事務所では一日中対応に大わらわ。謹んでご冥福を祈る。


3月31日(水)
久しぶりにゆったりした朝を迎える。音楽監督の後藤さんを中心に午後4時から三文オペラの打合せ。メインキャストの音合わせのあと、音楽稽古の段取りをあらまし決める。少し目処がたってきた。

3月30日(火)
稽古初日。台本直しに3時間余かかる。全幕を読む時間はなかった。大まかな演出プランだけ話して2幕目まで読む。以後しばらく全員集まることができないので抜き稽古を続けることになる。終わって中野誠也、安藤みどり、助手の山田準などと土風炉でしばし歓談。夜になるにつれ雨は勢いを増した。帰宅して明日の「三文オペラ」打合せの準備をする。気ぜわしい。


3月29日(月)
明日は「タルチュフ」稽古初日。オープン戦も終わって、いよいよ公式戦開幕という気分。先発投手のローテーションも打順も決め、秘かに必勝作戦も練り上げたといえばいいか。気分は徐々に盛り上がってきた。
それにしても、昨日今日のジャイアンツは実にだらしがない。一方、虎の勢いはすごいではないか。週末に開幕だが、こちらのほうは、考えると気分が重くなる。


3月26日(金)
「タルチュフ」漬けの毎日。基本線は固まってきたが、稽古に入る前にもう少し詰めておく必要がある。こういう芝居は稽古場でのひらめきに多くを期待すると、とんでもないことになりかねない。隅々まで計算しつくすことはないが、大まかなルートだけは見当をつけておかねば、途中で道に迷うことになる。
古典の現代化というようなことではないが、現代的視点からこの作品を見て、今の人たちの心をゆさぶるものにしたい。台本では、耳で聞いて分かることとに重点をおいた。元は韻文で書かれたものだけに、レトリックが多く、そのまま日本語にしたのではやたら回りくどくて仕方がない。全面的に口語的表現にして、テンポ・リズムとメリハリを重視し、鈴木力衛先生の訳に思い切って手を入れさせていただいた。
今日は新国で「透明人間の蒸気」を観る。野田秀樹氏の舞台は実に久しぶりだ。しかし、彼の芝居を面白いと思ったことがない。失礼だが、今回も例外ではなかった。


3月22日(月)
午後3時から新研究生2-3年のためのオリエンテーション。新年度の心構えを説き、1年間の予定を確認する。夜は演出部会。


3月21日(日)
演出研究生の試験日。午前中は筆記試験だけなので午後の面接の時間に間に合うよう出かける。5名受験で3名が合格。3人3様でそれぞれに個性があって面白いと思う。これからどう成長していくか、楽しみだ。


2004年3月18日(木)
台本が上がったので少し気が弛み、朝の8時頃までうだうだと起きていた。ワインを飲みながらテレビを観たり、積み重なった何日分かの新聞を読んだりしているうちにそんな時間になった。昼過ぎに目覚めて、オープン戦の実況を観ながらレッスンテープの補充にかかる。一頃に比べると、注文が結構多い。バックオーダーがかなり溜まっているので、ずっと気にしていた。
夜はサッカーU23の試合をテレビ観戦。あまりハラハラしない試合だった。さて、アテネではどこまで行けるか。寝る前に、ロベール・イルシュのタルチュフをビデオで観る。実にオーソドックスな舞台である。


2004年3月17日(水)
昨日今日と二日間自宅にほぼ監禁状態、途中食料の買い出しにスーパーへ出かけただけで「タルチュフ」の台本直しに没頭する。深夜27時過ぎに取りあえず完了し、メールに添付して三交社に送信する。19日午前中に仕上がるという。ほっと一息つく。


2004年3月15日(月)
研究生2-3年生の修了公演が終わり、昨夜は終演後すぐの幹事会で昇格審査。例年は終演後は打ち上げで盛り上がり、翌日の夜に審査会議なのだが、今年は劇団の都合で異例の事態となった。今日はそれを受けての面接。
2年生は全員昇格となったが、3年生は研究生期間を終わり準劇団員への昇級となるので6名が半数の3名になった。面接では一人一人に結果を伝達する。つい昨日まで、よりより結果を目指して励ましてきた仲だから、昇級できなかったものに何をどう伝えればいいか、実に辛いものがある。
書面で、あるいは電話での伝達で済ませている劇団もあるそうだが、それでは余りにもドライすぎると思い、俳優座では1期生以来同じ方法を採用している。辛いけれど、面談の場を設けて、審査結果だけでなく、共に学んだプロセスを振り返って、研究生期間の成果や、長所と欠点、今後の課題などを指摘することにしている。


2004年3月13日(土)修了公演「ザ・ダイニングルーム」
昨日初日を明けてはや明日の楽を迎える。昨年12月にスタートして三ヶ月余の長丁場。何とか初日に漕ぎ着けた。割合好評のようだ。目標はもう少し高いところに置いていたのだが、最初の二ヶ月ほどは、盛り上がりに欠ける稽古だった。2月に入ってからだいぶ気合いが入ってきた。しかし、発酵するには時間がかかるから仕方ないか。
上演記録をみると、この「ザ・ダイニングルーム」を研究生公演で取り上げるのは今回が7回目になる。2-3年生では2回、あとの5回は1年生。稽古をしていると、今までこの作品を上演したいろんな顔ぶれが浮かんできたものだ。俳優座に残っているのは一部で、他で活躍するもの、芝居を離れて生きているもの、消息が分からないもの・・・等々。久しぶりに懐かしい顔を客席に発見したりすると嬉しいものだ。16年も経つと、研究所にも固有の歴史が刻まれていることを実感する。それとともに、一つの曲がり角を迎えているとも感じる。


2004年3月10日(水)
今日は朝から照明の仕込み。夕方6時から通し稽古。何とか土台は出来た。あとはどこまで燃焼度を上げるかだ。ただし、力まないように。リラックスして集中すること。一人で芝居をしないこと。サッカーのパスまわしのように、全員がボールの行方に敏感であること。


2004年3月8日(月)
通し稽古1回。照明打合せ。衣裳はほぼ固まる。芝居の調子はやや上向きと言うべきか。


2004年3月6日(土)
今日は全員が揃い、午後1時から通し稽古。ダメだしをして4時半には終わる。いよいよ最後の直線コースに差しかかったわけだ。
夜は朝日カルチャーセンターで「フェルデンクライス・メソッド入門」と題して1日だけの体験コース。20名以上の参加をえて盛況。殆どが初参加。基本レッスンを2種取り上げる。


2004年3月4日(木)
恒例の新人募集試験が終わる。今年は第17期生。試験期間は前日から合格発表の日まで、ホテル住まいになる。17年間同じことを続けてきたわけだが、毎年新鮮な期待感を覚える。今年もまた14名の新しい若者たちが選ばれた。三百数十名の内から14名だから二十数倍の競争率ということになる。惜しくも選にもれた多くの応募者たちも、可能性がないわけではない。むしろ、合格者たちよりも才能の芽を予感させるものも少なくなかった。選考は合議制だから結果については納得する。しかし、選ばれるかどうかは時の運。落ちたからといって落胆せずに、是非次を目指して欲しいと心から思う。


2004年02月27日(金)
今日は全幕を1回通す。やや丁寧なダメ出しをする。初日まで2週間を切り、もっともデリケートな時期を迎えているが、明日から1週間は新人募集試験にかかり切るため稽古場を離れる。その間は自主稽古ということになる。病気で一人休んでいるので心配がつのるが仕方ない。早い快癒を願うしかない。


2004年2月25日(水)
昨夜深夜までかかって作成した確定申告書を今朝少し早起きして提出してから劇団に向かう。稽古は出演者の一人が風疹で倒れたので、その部分は代役を立て、とりあえず全体を通す。今日から通し中心で勢いをつける予定だったが、仕方がない。
帰宅してからは、ビデオでプランションの「タルチュフ」を観たあと、新人募集試験の準備やら、明日の会議に提出する書類やら、こまごまとやっているうちに朝刊の届く時間が迫ってきた。


2004年2月24日(火)
今日は黙んまり稽古。セリフを言わないから極度の集中力が要求される。心と体の動きをより強める必要があるのだが、今日の稽古は、脱線しはしないかという守りの姿勢=安全運転が目立ち、効果のほどは殆どなかった。時間があれば、もう一度試みる必要がある。


2004年2月23日(月)
今日は早回し稽古を入れて、各場を2回ずつ。だいぶ生きた流れが生まれてきた。しかし、まだもう少しダイナミック・レンジを広げなくては。このままでは、こぢんまりと整った舞台にしかならないだろう。これからは少々脱線してもいいから、若さの生命力を存分に発揮してもらいたい。


2004年2月22日(日)
新人募集試験、修了公演、研究所新学期の開始と続くこれからの一ヶ月間のうち、今日は唯一の休日だが、確定申告と台本直しで疲れ果てる。「タルチュフ」は、現代服でやることになるだろう。


2004年2月21日(土)
稽古前に衣裳の石川さんを迎えて衣裳チェック。各自自前のものを持ち寄って合わせてみる。足りないものは衣裳部から借りることになる。2時から通し稽古。だいぶ調子は上がってきた。ダメ出しをして5時前に終わり、新宿に向かう。朝日カルチャーセンターで目のレッスン最終日。今回は最後まで全員が出席。


2004年2月20日(金)
サーバーは今朝復旧した。郵便、電話、FAXと、数ある連絡手段のうち、メールの比重が年ごとに重くなって、ほとんど50%を超えるようになった。従ってメールがダウンするとお手上げ状態だ。
稽古は今日も、幕開きから最後まで全場面をやる。いよいよ第4コーナーに差しかかり、ラストスパートに向かってテンションを上げていくときがきた。あとはどこまで燃焼できるかだ。


2004年2月19日(木)
今日は第1場から最終場面まで、全場面を稽古する。まだ流れの滞る箇所が随所にある。もう細部にこだわることはやめにする段階だ。全体のバランスをとり、流れを重視することになる。その中で各自の浮力がついてくることを期待する。
稽古後は演出部会。研1の審査結果などについて議論する。
またまた今日もメールサーバーがトラぶっている。18時に発生した障害のためダウンしたまま、20日午前2時を過ぎてまだ復旧しない。DreamNetだが、サーバーを変えたほうがよさそうだ。


2004年2月18日(水)
週末の研究生1年の修了公演、それから昇級審査も終わり、昨日は一人一人と面接して1年の総括をする。何とも辛い一日であった。そして、辛いだけだったら、例年のごとしだが、実に嫌な一日でもあった。
「ダイニングルーム」の稽古は今週から劇団稽古場に戻る。予想していたよりは、こちらの空間になじんでいるようだ。それにしても、広い空間に来ると、向こうでは気づかなかったことにいろいろと気づく。この作品は、1期生から数えて、今回が6回目の上演になる。そのうちの4回は1年生だったから、今回は今までのベストになるはずなんだが・・・、さてどうだろうか。
今週から確定申告の準備にかかっている。今年は3月に入ると全然時間がないので、2月中、いや、できれば来週月曜に提出しようと思う。急ピッチでやらねばならない。


2004年2月14日(土)
処方された薬を飲んでいるが、風邪の具合が一進一退で、一向によくならない。午前中に別の医者にかかりまた薬の処方をしてもらった。1年生の修了公演の夜の部、B組の舞台を観るため4時過ぎに出かける。上演時間は2時間40分を超える長丁場で、昨日もそうだったが、かなり疲れた。この半年でだいぶ成長した。1年生にはちょっと荷が勝ちすぎる作品だったが、みんな懸命によくやっていた。


2004年2月13日(金)
泉岳寺での最後の稽古。第2幕を2回。やはり1回目は調子がイマイチ。稽古後、六本木・劇団稽古場で1年生の修了公演を観る。初日A組の舞台。帰宅してから原稿書きで明け方までかかる。


2004年2月12日(木)
稽古は第1幕を2回。2幕目まで行くつもりで始めたが、ぎくしゃくとして停滞しているので、だめ出しをしてくり返すことになった。2回目はそれなりによくなった。ウォームアップ不足としか言いようがない。1回目は無駄な時間に近い。
稽古後、下北沢へガジラの「かさね」を観に行く。客席に座ったとたん、このところの疲れがどっと出たのか、激しく眠気に襲われる。まことに申し訳ないが9割近くは居眠りしていたように記憶する。戯曲というより、「かさね」伝説をめぐるディスカッション・ドラマの構成のようだったが、1割しか観てなくては何も言う資格はない。


2004年2月9日(月)
研究生1年および2-3年生の修了公演がせまり、新人募集の受け付けも始まり、一年間で最も慌ただしい時期に差しかかった。新人募集は例年よりは出足がいいようだ。しかし、こればかりは締切を迎えないと何とも言えない。現役の研究生には申し訳ないが、どんな新人たちと出会えるかと期待に胸がふくらむ。
「タルチュフ」の本直しは取りあえず最後まで辿り着いたが、これからまだ演出プランに照応する修正を加えねばならない。モリエールが国王と教会との板挟みにあって苦闘した創作課程を想像するに、テキストに忠実だけでは、いまこの作品を上演する姿勢としてきわめて不十分だと言わねばならない。モリエールをしてこの作品を書かしめることとなったその精神の鼓動をこそ表現しなくてはならないと思うのだ。それには偽善者とされるタルチュフなる人物を、どう捉え返すかにかかっている。偽善者がその正体を暴かれて、彼に翻弄されていたものたちが救われるという勧善懲悪物語だけを見たのでは、この作品の中に隠されている豊かな鉱脈を全く見失ってしまう。


2004年2月8日(日)
やはり懸念したとおり風邪の兆し。咳と微熱をおして朝からタルチュフ台本直しにかかる。夜0時すぎに何とか最後まで辿り着く。あくまでも取りあえずである。


2004年2月7日(土)
タルチュフのスチール撮りが12時から。11時半に劇団へ。2時に終わる予定が3時近くになる。打合せもあったので、遅れて駆けつけるつもりだった泉岳寺の稽古場行きは取りやめる。夜は朝日カルチャーセンターのレッスン。目のレッスンの3回目。夜は冷えこむ。風邪に気をつけねば。


2004年2月5日(木)
タルチュフの配役がようやく決定した。これで一安心。配役は上演の成否に5割以上の比重を占める。もちろん演出プランがなければ配役はできないが。
今日のダイニングルーム稽古は第1幕のみ。後半は時間切れでやや小走りの稽古になった。来週からは通しを中心にする予定。
風間研「舞台の上の社会」を読む。プランション、ピトワゼ、そしてベンノ・ベッソンの「タルチュフ」を紹介する章がある。プランションのは来日公演を観たが、あとは観ていない。ピトワゼの舞台は最近ビデオで観て興味深かった。ぼくの考えているコンセプトに通じるものがある。


2004年2月4日(水)
研究生全員で稽古場の仕込みのため、稽古はなし。朝から家で「タルチュフ」の本直し、とりあえず第4幕まで行く。最後まで行ったところで全体のチェックが必要なので、今週中に上げる予定が、来週にずれ込む。致し方ない。稽古のほうが必ずしも順調とは言えないので、自主稽古もほどほどにしなくては。


2004年2月3日(火)
稽古は昨日に引き続きまた第2幕を一通り。6時からは六本木で劇団員総会。8時すぎに終わって、亜州菜館で10時半まで「三文オペラ」打合せをかねて歓談。



2004年2月2日(月)
2月に入り稽古もいよいよゴールを意識する段階になってきた。マラソンで言えば、30キロ地点に差しかかってきたというべきか、一番苦しい段階に差しかかってきた。今日は第2幕のみ一通りやる。ややパターン化の兆しあり。稽古後、劇団へ戻って5時半から三文オペラの打合せ。


2004年1月31日(土)
稽古と朝日カルチャーセンターでのレッスン。稽古は全幕を通す。まだまだ課題多し。朝日では、目のレッスンの2回め。


2004年1月30日(金)
今日も自主稽古にして家で「タルチュフ」の台本直し。鈴木力衛氏の翻訳は、なかなか流ちょうな口語的文体で、それでいてモリエールの古典的風格を失わないものである。しかし、今の観客の語感とのズレもあるので、最小限の手直しをさせていただくことにした。その場合、センテンスをなるべく短くする、耳で聞いてわかりにくい単語は使わない、代名詞を少なくする、言葉のリズムを重視する、語尾に変化をつける、等々、いくつかの原則を立てている。


2004年1月28日(水)
昨日の自主稽古の成果に期待していたが、いまいちの感。もちろんよくなっている場面もあるが、逆に落ち込んでいる場面もある。自主稽古に多くを期待するのは無理としても、もう少し伸び伸びと失敗を恐れずにやってほしいものだ。初日までまだ1ヶ月以上ある。小さく固まってしまう段階ではない。


2004年1月27日(火)
今日は自主稽古にして家で「タルチュフ」の台本相手に格闘。今月中に仕上げる予定が大幅に遅れている。週2回ほど自主稽古を予定して2月10日を目処にしているのだが、さてどうか。日本語だけを読んで手を入れるなら楽なのだが、やり出すとそうも行かない。原文や英訳本などを参照しだすとどんどん時間が経ってしまう。耳で聞いて分かる言葉、簡潔でスピーディな言葉のリズムを心がける。古典喜劇の風格などは相当に落ちるかもしれないが、とにかく芝居として、今の観客に面白がってもらえなければ。台本にしてからも手を入れることになるだろうが、それほどたっぷり稽古期間があるわけではないから、その前にできるだけ仕上げておかないと。第3幕に入って、いよいよタルチュフ登場にかかる。だいぶ調子は出てきた。


2004年1月26日(月)
土曜は自主稽古、日曜は稽古休みで、3日ぶりの稽古場。このところややマンネリ気味。自主稽古がこれを打開する契機になるのではと期待しているのだが、効果のほどはまだ少ない。もう少し気長に待つしかない。


2004年1月22日(木)
今日は初めての通し稽古。思いの外よくなった場面があれば、やや低迷している場面もある。今の時期がだから仕方ないが、生きた関係さえ生まれてくればそれなりに面白くなるはずだ。今回は各自が複数の人物を演じわけること "Transformation"「変身」がテーマとなる。役を自分に引きつけ、自分の持ち味だけでやる方法では太刀打ちできない作品だ。どの役の人物もみな同じように見えたのではやる意味がない。老人と子供というような違いなら、ほどほどに差異を表現するのは難しくないかもしれないが、同じ年配の別々の人物を演じ分けるとなると、微妙な、繊細な感受性と想像力が要求される。小さな違いをくっきりと表現できるようになるには、演じることは単なる自己表現ではないのだという観点をしかかり身につける必要がある。これは自己解放と矛盾するものではない。
AWARENESS号外の発送終わる。ようやく義務が果たせてほっどする。


2004年1月21日(水)
このところ連日朝刊を読んでから寝る生活が続いている。翌日の稽古に差し支えるからほどほどにと思うが、夜が更けるにつれ目が冴えてきて、あれもこれもと気がかりなことに手を出してしまう。さて、これで寝ようとすると、朝刊が届いているのでつい読んでしまう。いまは午後からの稽古だから4〜5時間は寝ることができるので、何とか持っている。
稽古は今日一応最終場面まで辿り着いた。稽古後、幹事会のため六本木へ。会議は8時すぎまで。


2004年1月19日(月)
休みなしの強行軍はやはり疲れる。今日は研究生の稽古は自主稽古にして、昨夜から研究会の会報作りにかかる。年末に済ませておくべき作業だが、年を越してしまった。会員の方々にはまことに申し訳ないと思う。今週中には発送。夜は演出部会で4時半に家を出る。会報用の用紙を六本木の文具店で購入。部会は2時間で終わり、若手たちと亜州菜館でしばし新春歓談。夢はでっかいほどいい。


2004年1月18日(日)
今年最初の日曜コース。フェルデンクライスは初めてという参加者が3名もあるので、レッスンプランは少し幅を持たせて立案する。実際に会場で顔を合わせるまで決められない。最初にかいつまんでフェルデンクライス・メソッドの説明をしてからレッスンを始める。こういう場面では何から始めるかはかなり手探り状態だ。ボディースキャンの間に参加者を観察して、とるべき方向を見定める。相当にカンピューター次元の問題だと言っていい。最初のレッスンが終わる頃、まだ次のレッスンの内容が決まらないこともあるが、今日はそれから後の3レッスンの構想が大体出来上がった。胸郭上部に的をしぼり、上=頭部からと下=脚からの両方からアプローチするレッスンになった。帰宅して、遅ればせながら今年の機関誌号外(講習会案内)の編集をする。


2004年1月17日(土)
稽古後。今年最初の朝日カルチャーセンターでのレッスン。小雪ちらつく寒い夜間に、それでも20名近い参加者。今回は5回にわたって目のレッスンを取り上げる。初日なので体の動きと組み合わせて頭と上半身の動きとの関係を探る基本レッスンを行う。


2004年1月15日(木)
今日ものんびりと4場面の稽古で第2幕のラストまで。これで、今年になって全体を2回やったことになる。今月中には2回ほど、全体を通した方がいいだろう。早回しもやった方がいい。細部にこだわってばかりいると、全体が見えなくなる危険がある。帰路、有楽町のビックカメラに寄る。我が家の冷蔵庫がいよいよ臨終間近らしい。30年近く経っているのだから無理もない。断末魔の悲鳴のようなモーター音が時折するようになった。滅多に覗かない家電の売り場を少し見て回ったが、冷蔵庫がやたら進化しているのに驚く。


2004年1月14日(水)
稽古は第2段階に入り、個々の資質がどう開花するか期待と不安をもって見守る。今回はできる限り細部にこだわることを課題に、具体的に、小さなことを深く掘り下げる作業に集中してみるつもり。今日は3場面だけ。稽古後、新宿紀伊国屋で「夕映えの人」初日を観る。終演9時半近く。


2004年1月13日(火)
世間の連休に合わせ稽古も連休。今日は土曜日の続きで第1幕の4場面。それぞれに自分のパターンが出来てきて、そこから抜け出られないでもがいている感。外面的なことを言い過ぎたきらいがあるかもしれない。ただ、いつまでも内発性に期待ばかりはしてられない。外面と内面がバランスよく発酵すればいうことないが、それほど理想的に行くわけはない。内面から入って形が生まれてくるのが正道ではあろうが、形から入って魂を入れるという方法も時には有効なのだ。問題は、稽古のプロセスで、それらをどう使い分けるかを瞬時に判断することにある。


2004年1月10日(土)
稽古は今日で今年最初の一週間が終わったが、いろいろと新たな課題が目につく。残り期間を考えると、さほどのんびりはしてられない。来週から稽古場が同じ場所の別の部屋に代わる。研1が六本木の劇団稽古場へ戻るので下の5階への引っ越し。


2004年1月8日(木)
今日はまた一段と冷え込みが厳しい。やっと冬らしい気候。それでもまだ今年は暖冬。今までが暖かすぎた。京成電鉄の吹きさらしのホームで風の冷たさに縮み上がったのは今年初めてだ。
稽古は第2幕の頭から始めて、4場面しかできなかった。


2004年1月7日(水)
稽古は第1幕の残り3場面と第2幕の1場面で時間切れ。今日はかなり冷え込んだ。風邪を引きそうになる。用心用心。


 ? 野に咲く花 ?


2004年1月6日(火)新年稽古初日。
久しぶりにみなの元気な顔を見てほっとする。これからの一ヶ月は主として人物の形象化に重点をおき、細部に徹底してこだわることにする。第1幕の途中で時間切れとなる。5時に終わって六本木へ、6時半から劇団で企画委員会。会議は8時前に終わり、「タルチュフ」について三州屋で中野誠也と歓談小一時間。


2004年1月5日(月)
正月休みもあっという間に終わった。のんびりしたという気は余りしない。普段できないことをと、いろいろ手を付けているうちに、中途半端なまま気がついたら一日が終わっていたなんていうことが多かった。
明日からは研究生の稽古が再開する。夜更かしはほどほどにせねば・・・。


2004年1月2日(金)晴れ、暖かい一日。


  午後3時のワンショット 


2004年1月1日(木)
大晦日の深夜、当サイトのメンテにかかったが、コンテンツのアップロードが出来ない事態となり、プロバイダのサービスとの間で何回も電話のやりとりをしているうちに新年の夜明けを迎えてしまった。それはオーバーかもしれないが、11時過ぎから午前4時までかかって、やっとサーバーに異常があったと判明してようやくトラブルから解放される。1時間ぐらいで、もう放り出して寝ようかと思ったが、サービスの夜勤の係がしつこく連絡をくれるので、遂に朝まで付き合ってしまったという、何とも正月らしくない話題ではある。トラブルを抱えたまま年を越すよりはましであろう。お陰で本当の寝正月になってしまった。とりあえず年賀状の返事書きだけはすませたのだが・・・。


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