出会いと発見 4

レッスンを記述すること


フェルデンクライスのレッスンを受けていて問題は、それをどう記録するかということでした。レッスンのときは確かに気持ちがよく体がひとりでに動いて、快い感覚を楽しむことができたとしても、いざ後でそれを思い出そうとすると、前後関係やバリエーションの細部が曖昧になっています。だからといって、後で記録するためにレッスンの最中に動きを記憶しようとして注意がそちらに移ると、肝心のレッスンを充分に味わうことができません。

ドロンさんのレッスンでは、最初の数回は特別にテープで記録を取ってもいいという許可をもらい、全部録音しまして、後でそのテープを聞き返してノートを作りました。殆ど全ての言葉を文字にするという作業でした。

このやり方は、ある程度の効果はありましたが、結果は実際のレッスンの体験とは相当にずれたものを感じました。動きのポイントがどこにあるのかがぼやけて、全体の構成が今一つはっきりしないものになるのです。そこで別のやり方をするようになりました。

最初に作った記録をもとに、自分なりの書式でレッスンテーブルをつくることにしました。レッスンを構成する動きのバリエーションをピックアップし、それに1番から番号をつけます。ひとつのレッスンの番号は大体10から20までの間に収まりました。そして、バリエーションごとに、導入の姿勢と動きのディテール、および注意事項を記入します。必要ならばわたし自身の感想またはメモを付け加えます。一つのレッスンをルーズリーフの1枚に収まるように整理し、一目で全体の構成が見渡せるようにします。

こうしておけば、ざっと見るだけで、レッスンのテーマ、各バリエーションの意味、レッスンの進行上のポイントが手にとるように分かります。こういう形にレッスンをまとめることは、それなりの苦労がいりますが、フェルデンクライス・メソードのレッスンの構成を理解する上で非常に役に立ちました。

しかしこれも数回のセミナーだけで、あとは録音できなくなりました。そこで、短い休憩の間に大急ぎでメモを作ることに追われるようになりました。そのメモを元に、あとで自分の書式に従ってレッスンテーブルをつくるわけです。

しかし、このやり方にも、やはり問題があることに気づくようになりました。本当はレッスンで受けた身体感覚の余韻を充分に味わいたいのに、それを断ち切るようにして言語的にレッスンを分析することになります。右脳と左脳という分け方がありますが、フェルデンクライスのレッスンは、右脳の総合的なシステムで十二分に感受することが何よりも大事だと思います。それを充分深めないで、言葉で割り切ってしまうわけですから、なによりも貴重なものを取り逃してしまうことになってしまいます。

それに気づいてから、レッスン直後のメモ作りはできるだけ行わないようになりました。その日、家に帰ってから、あるいは2、3日経ってから、思い出せるものを記録するようになりました。記憶は確かに薄れていて、思い出せるものには限りがありますが、特徴的な動きのバリエーションを記録しているうちに、次第に前後関係が明らかになってきて、それまで闇の中に沈んでいたイメージがだんだん鮮明に浮かび上がってきます。鎖の輪が一つ一つつながって、やがて一本の長い鎖が出来上がるようになります。これは、実際にレッスンを受けている時と同様、いや、それ以上にスリリングな体験です。机に向かってノートをつくっている時にも、意図せずにイメージ練習をすることになります。必要とあれば、動きを実際に試してみることにもなります。

こういうやり方を続けているうちに、自分の中からさまざまのイメージが生まれてくるようになり、新しいアイデアも浮かんでくるようになりました。それまでは、教わったレッスンをできるだけ忠実に繰り返すことを重視していましたが、一つのレッスンに別の動きを取り入れたり、同じテーマに別の方法でアプローチしたりすることができるようになったのです。

こうなってくると、日常ふと目についた動きをヒントにして、新しいレッスンを考案することもできるようになり、それが楽しくて仕方がなくなりました。スポーツや踊りの動きだけではなく、日常の人びとの何気ない立居振舞いの中にも、レッスンの中に取り入れることのできる動きはいくらでもあることに気づきます。

私のレッスンの記述法は、この後に実例を紹介しますが、ごくありふれたメモにしかすぎません。全て言葉だけで記述しています。自分ではこれでよく分かるのですが、誰にも分かるというものではないかもしれません。絵を使って記録している方もいると思います。それも方法だと思いますが、私は絵心がないので諦めております。

動きを客観的に記述する方法については、いくつか優れた方法があります。モダンダンスのラバンの方法は有名ですが、最近翻訳が出ましたので目に触れる機会もあるかと思います。エシュコールの運動記述法というのもありますが、これはさらに詳細なものです。まるで楽譜のように動きの各要素を分解して表記する方法です。エシュコールはフェルデンクライスの50種のレッスンをこの方法で記述した本も出しています。これは独特の文法と記号を勉強しなくては理解することはできませんが、私は何とか暇をみて修得したいと考えています。

(1992年2月記)
― フェルデンクライス研究会機関誌AWARENESS No.6 所載 ―


【レッスンテーブルの実例】

A:中心の発見/脚と頭を上げる

00:仰臥/自己点検/踵から頭まで床との接触/呼吸の動きを感じる
01:仰臥/両膝立て/呼吸の変化?/右腕を天井へ伸ばす/→右手上下/→頭を左転しながら/→頭を右転しながら
02:仰臥/両脚を伸ばしたまま 01 の動き(頭の右転と左転)→右手と右脚を同時に上下/→右手と左脚を同時に上下
03:仰臥/左脚伸ばす/右膝を外へ曲げて右足裏を左膝に付ける/右腕天井へ/→右手の上下(頭を左転〜右転)/→右手と左脚を同時に上下/
04:仰臥/左膝立て/右膝外へ曲げて右足爪先を左踵の内に/右手を頭の下/→右手で頭を上下/→左脚と頭を同時に上下//左手を頭の下/→左手で頭を上下/→左脚と頭を同時に上下//右手を天井へ/→右手を→天井へ(頭も上げる)/右手・頭と左脚を同時に上下//
05:仰臥/両膝立て/左脚を天井へ伸ばす/右手を左脚太股の手前に添える/→頭を上げながら同時に右手を左足首の方へ//
06:仰臥/両膝立て/左脚を天井へ/右手を左脚太股の手前に/左手を頭の下/→左手で頭をあげながら同時に右手を左足首のほうへ
07:仰臥/両膝立て/左脚天井へ/両手を左脚に添える/→頭をあげて両手を左足首の方へ滑べらせる//(右足の使い方)
08:仰臥/07の姿勢で右膝を外へ倒して/→同じ動き//
===01〜08までを逆側でも===
09:仰臥/両脚を天井へ/右手を右脚外側・左手を左脚外側に添える/→頭を上げて両手を各足首のほうへ///保持して前後にロッキング


B:上体を捻って胸郭を解放・股関節の可動性

01:右下横臥/両膝重ねて直角曲げ/左膝前の床へ付ける/左膝を右手で上から押える/左腕を前へ伸ばす/左掌を床に/→左手で床を前後に撫でる(左肘を曲げない)//
02:右下横臥で同じ姿勢/左腕天井へ/→左腕を前後の床へ近付ける/→目で追いかける/→左腕を後ろの床に近付けて保持/→目だけ左右のの動き//
03:右下横臥で同じ姿勢/左腕天井へ/→02の動きで目は逆に動かす//
04:右下横臥で同じ姿勢/左掌を額の上/→左手で頭を左転=左肘を後ろの床へ/→目の動きも頭と同方向/→頭を左転で保持/→目だけ左右の動き//
05:右下横臥で同じ姿勢/左掌を額の上/→04の動きで目は逆に動かす//
06:01の逆
07:02の逆
08:03の逆
09:04の逆
10:05の逆//自己点検
11:仰臥=両膝立て/→両膝を左右へ倒す/
12:仰臥/左膝の上に右膝/左手を額の上/→両脚を右へ倒して保持/→頭を左転〜右転/→両脚を右へ倒しながら頭を左転//
13:仰臥/左膝の上に右足首/左手を額の上/→両脚を右へ倒し右膝を右床へ近付けて保持/→左手で頭を左転〜右転/→両脚を右へ倒しながら頭を左転//
14:仰臥=両膝立て/両脚を左右へ倒して比較//
15:12の逆
16:13の逆//
17:仰臥/両腕を頭の方の床に伸ばす(X状に)/両膝立て右へ倒す/→左手を伸ばす〜右手を伸ばす[頭の回転]
18:仰臥/両腕万歳/両膝立て左膝の上に右膝を組み右へ倒す/→左手〜右手を伸ばす/
19:仰臥/両腕万歳/左膝の上に右足首/両脚右へ倒す/→左手〜右手を伸ばす//
20:17の逆
21:18の逆
22:19の逆//
23:以下の動きは概略のみ
17、18、19の姿勢で、両手組んで頭の下/下半身を捻って頭の上下
反対側の姿勢でも一連の同じ動き

C:下半身の捻りと首の筋肉の関係

01:座位/両脚開いて伸ばす/右腕前に保持/左手後ろの床に/→右手を左へ/→目で追う//左へ回して保持/→頭だけを戻す/→目だけを戻す/→最初の動きを点検/
02:座位/同じく逆側の動き//
03:座位/両脚伸ばして開く/右太股の両側の床に両手/→両手を前へ滑べらす[頭を前へ落す=骨盤の動き=左脚の動きは?]
04:座位/03の逆
05:座位/両脚伸ばして開く/左手を頭の後ろ/右手を右太股の外側の床に/→頭を前へ落しながら右手を前へ滑べらせる/
06:座位/05の逆
07:仰臥/両膝立て/右手で右足甲を持つ/左膝を左へ倒す/左手を頭の下/→頭と右足を同時に上下/
08:07の逆
09:仰臥/07の姿勢で左脚を伸ばす/→頭と右足を同時に上下//
10:09の逆
11:仰臥/07の姿勢(左手頭の下)/右膝が床に付くまで体を右へ転がして/→07と同じ動き/→左脚を後ろへ開きながら//
12:11の逆の動き
13:11の動きを拡大して座るまで
14:12の動きを拡大して座るまで
15:仰臥/左手を頭の下/両脚を伸ばして開いて/→頭を右側へ持ち上げながら右側から座るまで/→逆に動いて仰臥まで//
16:15の逆


D:仰臥から座るまで

01:仰臥/両腕を横へ伸ばす/左腕を天井へ上げる/→左腕を右腕の方へ倒す/→左手を右手のほうへ滑べらせる/→戻す[全身の動きへ]
02:01の逆
03:仰臥から/左手を胸の上に置く(指先右へ向ける)/→左手を右腕の方へ滑べらせる→右手の上へ→右手よりも先へ滑べらせる/→左脚を後ろへ滑べらせる/→右脚を前へ動かす//→左手と左脚・右脚を同時に動かす/
04:03の逆[右手と右脚・左脚]
05:右下横臥/右腕前に伸ばす/左腕後ろの床へ伸ばす/左脚前・右脚後ろで交叉させる/→左手をさらに後ろへ伸ばす/→左足をさらに前へ開く/→左手と左足の動きをを同時に
06:左下横臥で同じ動きを/右手と右足の動き
07:右下横臥/05の姿勢から/→左手で頭の方の床の上に円を描き右前へ〜後ろへ/→左足で円を描いて後ろへ〜前へ/→左手と左足で同時に円を描く/
08:07の逆/
09:右下横臥/→07の動きを拡大して座るまで/右脚の動きは?
10:09の逆
11:仰臥・両腕左右へ伸ばす/→左手で円を描いて右側へ→動きを延長して座る/→戻る/→→右手で円を描いて左側へ→動きを延長して座る/→戻る/
12:仰臥/11の動きで座ってからそのまま円を描いて反対側から仰臥する[同じ方向へ円運動で仰臥〜座位の反復]//→右回りの繰り返し〜左回りの繰り返し///
☆左手で円を描いて右側へ
☆左脚を後ろへ右脚を前へ開いて左手と右足・頭と右膝を近付ける
☆骨盤の右転・頭も右へ滑べらせる・頭と右膝の接近/その動きを延長して座る
13:逆側でも一連の同じ動き

― フェルデンクライス研究会機関誌AWARENESS No.6 所載 ―


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